史上偉大な経済学者とはスミス、マルクス、ケインズの3人に尽きると言われる。
 イギリスで勃興した産業革命の後、資本主義経済を育てたイギリスの歴史においてスミスを教祖とする英古典派経済学が大英帝国の発展に与えた思想的影響は大きかった。
 そうしたイギリスの地球上の表面でより多くを資本主義によって併呑する繁栄に警鐘を鳴らし、熱烈な革命運動の指導家として立ったマルクスの思想的影響がレーニンや毛沢東の種を成したことからも、現実に偉大であったと言うしかない。
 ブルームズベリーを揺籃の地として育まれたケインズの主張が大戦後わが国政府による総需要管理政策の思想的基礎を与えたことから、到底その存在が偉大であったと言うことは免れない。
 亡くなった森嶋通夫さんは3人の偉大な経済学者にはパッションが有ったと讃えていた。
 3人のパッションをよそに、フランスのエスプリが唱えたことは経済とは価格のみを唯一の説明変数に記述できる現象だとしたことで、その思考が正当であることを何世代もの学究が研鑽を重ね、今日、例えば資本資産評価モデルの考え方は多くの学究にとって自然な結論であることを認められている。
 爾来、ロバート・ルーカスが指弾した通り、一般均衡理論の外で論じられる特異な概念の体系を以て主張される命題が砂上の蜃気楼のようなものだとの評言が与えられる。
 経済学の父と尊称されるアダム・スミスの命題も米映画『ビューティフル・マインド』のモデルとなったアメリカ人の学究によって実に疑わしいことが明らかとなった。

 わが国では十代の覚え有る男子は先ず帝国大学の理数系に進学し、それがちょっと視力を落としたとかってなると東大法学部にダウングレードして、んでその卒業生が官界を抑えちゃって、それ以下のおちんちんの滓みてぇなのは岸田文雄みてぇに私立の低能大学へ進む。
 しやけど、東大法学部の卒業生が官界を抑えちゃってるゆうち、ローマ大学法学部を卒業したフランコ・モジリアーニはアメリカへ渡ってマサチューセッツ工科大学で経済学の教鞭を執り、ワルシャワ大学法学部を卒業したレオニード・ハーウィッツもまたアメリカへ渡り、ケネス・アローや宇沢弘文さんらと米海軍の委嘱で数理計画の研究に携わり、社会機構の設計に関する研究業績を以てノーベル経済学賞を授与され、東大法学部で学究の徒として研鑽に励んだ末弘厳太郎だとか平井宜夫さんだとかっつう学究らの指向した処は海外の学究らと何ら隔たりが無かった訳で、それが霞ヶ関の官庁に勤めだすと、所詮おちんちんの滓でしかない遺伝子の性能が露わになっちゃうのね