チャーリー・ワッツがこの夏に逝きよったっつうことれすわなっ・・

 我々中高年層にとっちゃあ、R.ストーンズの音は沢田研二よりゃあ脳裡に深く刻まれた音れすわぁ

 しやから、自ん民党はんが企画した史上最短スケジュールでの解散総選挙の、その又、公示期間中かて、前回記事でストーンズの傑作"ストリート・ファイティング・マン"を採り上げましたさき、ストーンズの音で記憶に残っとるもんを総括したくなりましてん。

 ロック・ミュージックを世に拓いたビートルズに対抗してストーンズが現れた1960年代半ばまでは省略して、同年代後葉に勃興したサイケデリック・ムーブメントに乗った音作りのアルバム『サタニック・マジェスティーズ』の収録曲中でわてが好きな曲が"2000光年の彼方に"れすわぁ。

 1968年末にリリースされたアルバム『ベガーズ・バンケット』のちょうど1年前に出されたアルバムが『サタニック・マジェスティーズ』れすわなっ。

 『ベガーズ・バンケット』に収録された曲が”ストリート・ファイティング・マン”れした・・

 んで以て、『ベガーズ・バンケット』のこれ又ちょうど1年後にリリースされたアルバムが『レット・イット・ブリード』れすが、それに収録された名曲が"ギミー・シェルター"れした。

 しやから、世界で名声を博したビートルズが潰れる頃、『レット・イット・ブリード』をリリースした後のストーンズは最早very best rock bandの地位を不動のものにし、ローリング・ストーンズ・レコードゆう自分らのレーベルを起ち上げよって、同レーベルからリリースされた1970年代のアルバムがストーンズの最盛期ゆう訳れす。

 んで、1971年にリリースされたアルバム『スティッキー・フィンガーズ』はストーンズの最高傑作アルバムとして名作が詰まっとりますのやぁ。

 アルバム冒頭に収録された"ブラウン・シュガー"はストーンズのライブで十八番になっとる曲れす。

 次に来るのが我々世代がコピーに勤しんだ日本人好みなフォーク・ソングの"ワイルド・ホーセズ"れすわなっ。

 んで以て、3曲目がストーンズならではのカッコえぇロック・チューンの"ビッチ"れすわぁ。

 斯くして、ロック界の帝王に伸し上がったストーンズがセルフ・レーベルから1972年にリリースしたアルバム『メイン・ストリートのならず者』では、やはりストーンズのライブにて十八番となった"ダイスをころがせ"が収録されとりますわなっ。

 1973年度の決算『山羊の頭のスープ』では日本人に多く愛されとります英語に拠る艶歌"悲しみのアンジー"が収録されとりますわぁ。

 続く1974年度決算『イッツ・オンリー・ロックンロール』はストーンズの三大傑作の一角を成し、1970年代前葉のブリティッシュ・ロック・シーンで隆盛を見たブギーに合わせ、ライブでの十八番となったストーンズらしい傑作のアルバム・タイトル曲が聴かれますぅ。

 しかし、同決算で忘れ得ぬ曲が"タイム・ウェイツ・フォー・ノー・ワン"で、ドラッグとスキャンダルに塗れたイギリスの不良中年とされたストーンズがイギリス人の感性を最大限に発揮して世に放った名作が止められたのれす。

 1971年『スティッキー・フィンガーズ』、1974年『イッツ・オンリー・ロックンロール』とともにストーンズ三大傑作を成すアルバムが1976年の『ブラック・アンド・ブルー』で、当ブログ著者に言わしめれば同アルバムはロック界の頂点に君臨する帝王の成した作品として、ベートーベンの交響楽に比すべきアルバムとしての完成度を示し、アルバム中の何れかの曲をどうこう採り上げるべきものでないロック・ミュージックの最高峰を画した作品なのれすが、敢えてアルバムから1曲を取り出して掉尾を飾りたく存じますれす。


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