大自然という辞は人間の存在を捨象し、神の摂理が創造した世界に対して畏敬の念を込めた概念を与えるものだろうが、今夏の長雨に因る災害で多くの人々が無念の死を遂げた自然の果たす酷さを思い知らされるも、現代社会におけるメカトロニクスやITの発展で文明の恩恵を享受しながら、依然人間の力では如何ともし難い自然の脅威に恐れを抱く一方で、天が与える僥倖とも言うべき自然の恩恵にもまた大きな喜びを得る位相を以て大自然と呼ぶことも強ち失当ではあるまい。

 秋分の日を跨いで続く爽やかな秋晴れの天候下、飯田市に隣接する伊那谷の長野県豊丘村まで出かけたくなっちゃう


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